(GALLERY35)は、釜座通の路地にある。
こちらも初めて訪れたが、最近はこのようなギャラリーが増えているのか。
こちらでは「メンス.エト.マヌスー手と心」と題して、4人の女性アーティストの展示。
どれも写真そのままではなく、その上に手を加えた作品が並ぶ。
在廊されていた作家さんの作品は「縫う 祈る 縫う」
ミャンマーへの旅をキャンセルした時、それまで撮影したプリントに金の糸で縫う作業を始めたという。
縫うという行為は、ミャンマーの平和を祈る深い時間となった。
(GALLERY35)は、釜座通の路地にある。
こちらも初めて訪れたが、最近はこのようなギャラリーが増えているのか。
こちらでは「メンス.エト.マヌスー手と心」と題して、4人の女性アーティストの展示。
どれも写真そのままではなく、その上に手を加えた作品が並ぶ。
在廊されていた作家さんの作品は「縫う 祈る 縫う」
ミャンマーへの旅をキャンセルした時、それまで撮影したプリントに金の糸で縫う作業を始めたという。
縫うという行為は、ミャンマーの平和を祈る深い時間となった。
初めて訪れた(Galley G 77)は、こんな所にという洛中の路地にあった。
アンナ.ハヤト、スラヴァ.ピルスキーの「裂け目、繋ぎ目、そして裂け目」
ロシア出身の二人は、イスラエル在住だが、この度のウクライナ情勢で心を痛めている。
布にプリントされた写真を断片化、手縫いのステッチ、刺繍で傷ついた身体の痛みを表現。
日本の金継ぎからもインスピレーションを得ているという。
スタッフかオーナーさんかは定かでないが、外国の方。
作品の解説やコロナでのギャラリー運営の厳しさなど、色々なお話をして下さった。
さて、国際写真祭である。
作品はもちろん、作家やギャラリーの人たちとの出会い。
あまりにも多くの刺激にクラクラして、未だに整理しきれない。
建仁寺.両足院では、コートジボワールを拠点とするアーティスト、ジョアナ シュマリの展示。
今年の写真祭のテーマ「BORDER」にインスピレーションを得たという、
写真に刺繍を施した作品は斬新だ。
アフリカの文化を、美しく表現している。
4月中旬から一カ月に渡り開催された「KYOTO
GRAPHIE」
毎年の事、怒涛のように過ぎていった日々であった。
あちこちの会場に出向く道すがら、必ずといってよいほどパン屋さんに遭遇する。
今年は特に。
パン屋は、確実に増えているし、老舗を見つけたり。
パン好き故に、入らずにはいられない。
そんな一軒が(ブルーデル)
先日、新聞に掲載されていて、ここのクロワッサンはイノダのモーニングに使われてるいるのだそう。
訪れた時にはそんなことはつゆ知らず。
お昼過ぎ、恵方巻や鰯の買い出しを済ませて、和菓子のコーナーへと向かう。
あら、ほとんど売り切れである。
かろうじて残っていたもの。
塩芳軒のおかめまんじゅうと、千本玉壽軒の福枡。
福枡は、豆撒きで福豆を入れる枡をモチーフにしている。
どちらも上用饅頭で、上品なお味。
近頃は通販で本を買うことが多い。
しかし、街の本屋も覗かねばと思わせる本に出会った。
「商店街さんぽ」
筆者のあさみん(鵜飼麻美)は、小倉の旦過市場で昔ながらの商店街に魅了され、全国300以上の商店街を訪ねているという。
ページをめくるだけでワクワクする。
そんな中、先日訪れた和歌山の駅前、「みその商店街」が出てきた!
(喫茶パラダイス)も取り上げている。
旦過市場の二度の火災にショックを受けたが、きっと、この人もそうだろう。
京都への帰路の途中、加太へ寄った。
瀬戸内の東、紀州路西先端の地である。
南海電車加太駅にかわいい電車が止まっていた。
なんのモチーフかなと思っていたら鯛のようで(めでたい電車)というものらしい。
奈良時代、修験道の歴史はここから始まったとされ、江戸時代には紀伊国屋文左衛門がみかんを運ぶ舟を出すなど、港町として栄えた。
ひなびた小さな港町の中に淡島神社がある。
驚いたのが、本殿の中にも周りにもびっしりと人形が置かれていることだ。
人形の種類によって場所分けしてあり、狸や招き猫の置物まで。
妖しい空気が漂い、ちょっと、どきりとする光景である。
全国から人形供養を受け付けているようだが。
珍寺巡礼という本があるが、その類に入るのではないか。